CEO Blog代表 舩越裕勝のブログ

December,20252025年12月

練習をサボった日の罪悪感も、完走の喜びも 宮崎青島太平洋マラソン 42.195km  2025年12月15日 Filed under: 日記

宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI練習をサボった日の罪悪感

2024年12月14日(日)、宮崎県で開催された「青島太平洋マラソン大会(通称:AOTAI)」に参加してきました。参加人数は8,000人以上という規模の大会で、12月のマラソン大会への参加は那覇マラソン以来となります。今年はトライアスロン2回、フルマラソン1回に参加してきましたが、今回が4回目の大会チャレンジとなりました。

今回この大会に参加することになったきっかけは、私が所属する経営者団体EOの「EOマラソン部(MyEO)」の仲間からのお誘いでした。普段、EO基礎スキー部で交流させていただいている株式会社Fixstarsの三木さんから「この大会に一緒に出よう」と声をかけていただいたことがご縁となりました。

正直に言うと、フルマラソンはいつも気が重いのです。大会の約1か月前から意識し始め、トレーニングも調整しなければなりません。「ゴールできるように全集中しなければ」というプレッシャーが常にかかります。

1か月前くらいから調整を始めた今回、私に「練習やりたくない病」が襲いかかりました。11月から12月にかけて気温が急激に下がる時期、どうしても朝走りたくない日が出てきます。そんな日に自分に負けると、一日中気分が沈んでしまいます。こうした日が何回か続くと、自己嫌悪との闘いが始まります。自分で自分をコントロールできない。やりたくない自分との闘い。勝つ日と負ける日と。そんな葛藤を抱えながら、マラソン大会が近づいてきます。

大会1週間前くらいになると、ようやく腹が決まりました。ペース調整や日々のトレーニング調整もなんとなくできるようになります。身体の重さは、サボった時期の分が少しいつもより重いものの、コンディションは悪くありませんでした。

前回8月の北海道マラソンでは、エネルギー補給をせずに走った結果、ゴールした瞬間にクラクラして栄養不足、スタミナ不足を痛感しました。ゼリーを持っていたのですが、あまり美味しくないので、いつの間にか飲まなくなっていたのです。今回はその反省を活かし、しっかりゼリーを準備しました。エイドで出たものもできるだけ食べて飲んで、栄養不足にならないよう走ることを決めていました。また、寒い時期のフルマラソンということもあり、「42.195km 歩かない」を自分に誓いました。

宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI素晴らしい出会い。仲間と一緒にスタートラインに立てる喜び

参加前日、宮崎で前夜祭を開催しました。EOメンバーを中心に総勢15名ほどが集まりましたが、翌日の大会を控えていることもあり、宴会という雰囲気ではまったくありませんでした。不思議な感じの前夜祭です。やはり次の日にフルマラソンを走るとなると、みんな心境が不安で、どこかぎこちない雰囲気でした。でも、仲間がいるというのはとても心強いものです。自分だけが不安で心配なわけじゃないと思えるだけで、なんとなく「よし、やってやる」という気持ちになりました。

今回、キャプテンである石井さんがユニフォームを作ってくれました。ユニフォームは一体感を生み出します。個人競技であるマラソンですが、気持ちの上でつながって、一緒に挑戦する仲間がいると思えることは大きな力になります。今年の夏、北海道マラソンでもグラマラブでユニフォームを着けて走ったのが初めてでしたが、チームで参加するのは本当に良いものだと実感しました。

前夜祭で、みんなで一言ずつ目標を言いました。私は北海道マラソンが4時間59分でギリギリ5時間以内だったこともあり、「5時間を切りたい」と話しました。ただ、正直なところ、私の中には「完走」という謙虚な目標も持っていました。これを絶対に成し遂げたい、と。前日はすぐに解散し、22時には布団に入りました。

当日の朝、会場である青島のひなたサンマリンスタジアム宮崎で集合しました。みんなで集合写真を撮影し、いよいよスタートです。緊張感もMAXに達します。驚いたのは、スタートの合図です。通常は「よーい、バーン」なのですが、この大会では爆竹のようなものが「バンバンバンバババ、バババ、バババ、バン」とかなり長い時間続くのです。少しテンション上がりました。

今回の目標は「5時間より早く」「歩かず」「栄養は十分に」です。そのため、キロ6分30秒のペースで走る計画を立てました。スタート直後は周囲のランナーのペースが速く、引っ張られて少しペースが上がってしまいがちです。しかし、周囲に抜かされ気味でも焦らず、自分のペースを守ります。この最初のペース作りに失敗すると、後々どこまでもきつくなるので、慎重に慎重に、その日の自分のペースを作っていきます。だいたい5kmから10kmまでの間で、心拍や体の調子をつかみながら自分のペースを固めていきます。宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI

完走の為の自分の鉄則、35kmまでは作戦、そこからは覚悟

青島ひなたマリンスタジアム外周からスタートし、公園を出て自動車専用道路を登ります。宮崎空港を右手に見ながら、宮崎市街地まで走ります。周りは本当にのどかな田畑が広がる宮崎の平野です。自動車専用道路は高台になっているので、景色が一望できます。宮崎市までは約15kmでしょうか。そのあと宮崎市内中心地を約10km走ります。本当に多くの人が応援してくれていて、めちゃくちゃ元気をもらいました。

ペースも順調で、宮崎市内に入る頃には安定して走れるようになっていました。毎回そうなのですが、20kmくらいで「今回は調子いいかも」という感覚がやってきます。この「いい感じ」という感覚は要注意です。ここで気を許すと大変なことになります。前回の北海道マラソンでも同じ感覚がありましたが、そこでスピードを上げたりすると後々、めちゃくちゃきつくなります。

「危ない、危ない」と思いながら、ペースが少し上がってしまいそうになるのですが、できるだけ抑え気味で走ります。ついついキロ6分を切るところまでいってしまいそうになる自分を抑え、キロ6分30秒を守って走りました。宮崎市内をぐるぐる回っていると、行ったり来たり折り返しがいっぱいあります。知り合いがいないか探しながら走り、ユニフォームのおかげで何人かとスライドして走ることができました。

フルマラソンは、まず35kmまで行くことが私の中のゴールです。とにかく、35kmまではペースを守っていく。そして毎回未知の世界である35km以降は、気合いと根性でゴールする。これが私のフルマラソン攻略の極意と心得です。そんな適当な作戦でいいのかという話ですが、それで今まで毎回ゴールできているので、案外悪くないのかもしれません。

宮崎市街を出ると、今度は帰り道です。宮崎ひなたマリンスタジアムに向かって、また自動車専用道路を走ります。来る時に見た宮崎空港出口付近が、ちょうど25km地点だったように思います。スタジアムが見えると、めちゃくちゃテンション上がります。「おおぉ、戻ってこれた。やったー」みたいな感じです。

宮崎ひなたマリンスタジアムの横まで戻ってきたとき、「あれ、おかしいな」と思いました。この時点で約32kmなんです。まだ私の極意目標の35kmにたどり着いていません。そう、ここからまだ10kmあるのです。「スタジアムまで戻ってきたんだけどなぁ」と思いながら、「そうか、この大会は青島マラソンだったな」と思い出します。

スタジアムを横目に、公園内を走り、さらに公園を出て青島方面へ走ります。公園を出ると、左手に海が広がります。トライアスロン仲間が「35km地点くらいからの海がパーッと開けるとテンション上がるんだよな」と言っていたのを思い出しました。これのことかと。めちゃくちゃきれいな景色なのですが、心にあまり余裕がなくなってくるのもこの頃です。35kmを自分自身のペースを守るゴールとしていることもあり、そこまできたくらいで、心が少し折れそうになります。

毎回、出る症状が違うので、対策がないことに最近気づきました。ある時は熱中症のような症状だったり、ある時は吐き気がするとか、またある時は全身がだるくて動きたくないとか。意識がもうろうとすることもありました。今回は、右膝と右足首に症状が来ました。足が無茶苦茶痛いのです。痛すぎて、びっこを引いて、しばらく走りました。

この頃、足はすでに両方とも悲鳴を上げている状態で、アドレナリンが出まくっているのに痛いということは、相当痛いということです。エイドで足を緩めて水を取ったら、もう走り出すのに、痛い足を無理やり力を入れて動かさないと、足が固まって動きません。足が痛いこともあって、スピードは一旦落としました。

そして、初めてフルマラソンを走ったときのことを思い出しました。走り方、フォームが悪いと、足首や膝、筋肉を痛めてしまうことがあると。その対策として走り方を勉強したのを思い出したのです。走るフォームを直してからは、しばらく関節も筋肉もそこまで痛くなることはなくなっていたのですが、それが久しぶりにまた来ました。

関節は無理すると走れなくなり、またそれをかばって走ると、別の部分を痛めてしまいます。でも、今回の作戦は正解でした。35kmまで来ていれば、かばって走っても走り切れる距離なのです。走り方のフォームを変えて、右足をかばった形でどう走ったら痛くないかを研究しながら走りました。間違えるとめちゃくちゃ痛くて、走っていられない状況にもなりましたが。

宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI限界の先で出会った人たち

話は少し変わりますが、いつもマラソンを走っていて思うのは、私より明らかに年上で年配の方も多数走っていらっしゃって、本当にすごいなということです。「私はいくつまでチャレンジできるんだろう」と考えてしまいます。私の前に現れたおじいさんも、びっこを引いていました。もう今にも歩きそうな速度です。でも声をかけてくれたんです。「本当にこういうことになって、私にとって忘れられない思い出の大会になるなぁ。最後までお互い頑張ろうね」と。

「ありがとうございます。そうですね。頑張りましょう」そう返すのが精一杯でしたが、その一言をもらってからスピードを戻して、右足をかばって走れるようになりました。

足が痛いと言っている間も、海沿いは風が強く、折り返し地点までは追い風だったのですが、折り返し地点からは向かい風となりました。風に押されて止まりそうになります。風が強くて、「もしここで歩いたり、止まったり、心拍数が落ちたら、寒くて低体温症になってしまうのでは」と思って、ここはなんとしても風に負けないようにしなければと必死に走りました。

そんなドラマがあり、心も身体も限界に来そうな時、本当に地元のボランティアの学生のみんながハイタッチしてくれて、大きな声で応援してくれました。きっと高校生と中学生だったのかな。みんな、本当に笑顔で「もう少しです。頑張って」と応援してくれました。足は痛いし、風は冷たい。でも応援してくれる人たちがいる。「もう少しだ」限界に達しつつある自分を奮い立たせないといけない。それがだいたい40km地点くらいです。

あと2kmなのですが、この2kmが長いのです。「なんでマラソンは40kmじゃなくて42.195kmなのか」といつも思います。最後のこの中途半端な2kmがまじで辛いんです。でも40km走ってきましたからね。こんなところでリタイアしている場合じゃないんですよ。自分の持っている力を全力振り絞って、最後の2kmを走り切りました。宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI

そしてゴール。今回のタイムは4時間40分でした。今回は、自分で決めた目標は達成できたと思います。自己ベストではありませんが、自分なりに頑張って完走できた大会でした。

ゴールしてみて、途中のエイドでバナナやチョコレート、持参したゼリーを摂取し、朝も走る前にゼリーで栄養チャージしていたこと、そして寒かったこともあり、終わってからのめまいや息切れ、体調不良はありませんでした。その代わり、足が痛い。右足の足首、膝、それをかばって走ったために、両太ももの筋肉、足の付け根までいろいろ痛い。ゴールして座ったら、しばらく足が動かない。曲げたら伸ばせない。そんな感じでした。

宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI走ることが教えてくれた、自己肯定感の正体

フルマラソンには毎回ドラマがあります。そのドラマはいつも、大会が始まる前から始まっています。私はいまだ走るのが苦手です。小学生の時も、中学生の時も、高校のマラソン大会も本当に嫌いで、サボっていました。その罰を受けて、今、人以上にあの時の罪の償いに走っているのかなと思ったこともあります。でも、最近少しずつ走ることの良さや意味が分かってきた気がします。言語化するのは難しいですが。

今回のドラマは、私にとって素晴らしいドラマでした。人との出会いも素晴らしかったし、自分の大会までの挫折感も、大会中の苦しさも、そして最後、目標を達成して完結できたストーリーも。何より残ったのは自己肯定感です。それは、ダメだった自分と向き合い、走っている途中で苦しさとも闘い、でも最後は自分に勝てたというか、決めたことを守って結果を出せたという心の充実感です。

フルマラソンは、毎回本当につらいんです。私にとっては毎回。35kmを超えた未知の世界で起きることは、毎回違います。でも、だからこそ、どんな困難があっても「結果にこだわる」ことができるかどうかが試されます。本当に小さなことかもしれませんが、自分との闘いとしてわかりやすい。覚悟と精神力、そして日々の練習を含めて、結果を出せるのかどうか。「何かは達成できた。だから、目標の達成はできる」それが日々の自己肯定感の源になっているんじゃないかと感じました。

もちろん、一人で成し遂げた結果ではありません。たくさんの方からの応援、そして一緒に走ることにチャレンジできる仲間、いろいろ協力してくれる人たちがいて、最後まで走れました。

今年、4回目の大会。フルマラソンは人生5回目。この1年を振り返ると、練習を含めて年間2,400km、月平均120km走りました。「俺、頑張ったな」そう思える瞬間、心に残るスペシャルな体験をさせてもらったなと思いました。お疲れ様でした。ありがとうございました。宮崎 青島太平洋マラソン AOTANI

11月・12月東京お誕生日会 2025年12月12日 Filed under: 会社行事採用関連日記

12月10日 東京でお誕生日会を開催しました。

今回も11月と12月の合同で開催。11月は、須藤さん、櫻井さん、そして12月が赤坂さん、千葉さんがお誕生日会でした。

残念ながら今回開催日のタイミングが合わず、桜井さん・千葉さんリモートで参加叶いませんでしたが、須藤さん、赤坂さんと誕生日会開催しました

今年もお誕生日会なんとか1年間できました。この人数規模がもしかしたら、ちょっと限界かなって思うところはありますが、お誕生日を祝う習慣、違う形に変わっても、続けていきたいと思います。

お誕生日おめでとうございます!

11月 サスケWORKS  ユーザー会開催 2025年11月30日 Filed under: お知らせ会社行事日記講演会・展示会参加

2024年11月27日(木)、ノーコードWEB開発プラットフォーム「サスケWORKS」の第3回ユーザー会をリアルイベントとして開催しました。

今回のユーザー会には約50名の方にご参加いただきました。サスケWORKSの活用方法や機能、使用感、そして「こういう機能があればもっと良いのに」といった要望まで、ユーザー企業様およびパートナー企業様からのご発表、パネルディスカッション、交流会という形で実施しました。

ユーザー企業3社の活用事例:現場主導のDX推進

最初に、現場主導のDX推進をテーマに、異なる業種のサスケWORKSユーザー3社から活用事例を共有いただきました。

株式会社三光社様(https://www.sankosha-net.co.jp/は、ベテラン社員への業務集中と属人化に悩み、サスケWORKSを導入。仕入先案内通知の処理時間を月間10時間削減し、出張申請や稟議を完全電子化。「DXは人を減らすためでなく支えるため」という思想のもと、紙とExcelをゼロベースで見直し。完璧を目指さず現場の声を拾いながら改善する姿勢で、スムーズな導入に成功しました。

税理士法人中山会計様(https://nakayama-kaikei.com/は、複数のITツールの乱立と高コストに悩み、サスケWORKSを導入。それまで使っていたSFAツールの数分の一の料金で、申告業務の進捗管理や請求書発行を効率化。確定申告期の処理時間を数時間に短縮し、テレワークも実現。ノーコードとAIを組み合わせた柔軟なカスタマイズで、現場と共に育てるシステム構築に成功しました。

西海市商工会様(https://www.shokokai-nagasaki.or.jp/saikai/は、手書き・FAX文化とExcel管理の負担に悩み、サスケWORKSを導入。労働保険事務ではAI OCRとRPA連携でe-Govへの自動入力を実現し、大幅な工数削減に成功。運転日報や備品購入稟議も電子化し、SUBLINE連携で通話履歴を自動記録。コストパフォーマンスの良さと導入しやすさで、現場から始まるDXの第一歩を踏み出しました。

3社に共通していたのは、完璧を目指さず小さく始め、現場の声を聞きながら段階的に育てていく姿勢です。「このままではいけない」という現状認識から出発し、一つの業務から着手。70〜80%の完成度で運用を開始し、利用者の意見を取り入れながら継続的に改善を重ねることで、成功体験を積み重ねてこられました。

全ての事例に共通していたのは「人を支えるためのDX」という思想です。人を減らすのではなく、働きやすくするため。現場が主体的に改善する文化を醸成し、属人化を解消して誰でも使える仕組みをつくり、テレワークなど場所にとらわれない働き方を実現されています。

サスケWORKSは、他ツールと比較して圧倒的なコストパフォーマンス、非技術者でも扱える本物のノーコード、手厚いサポート体制、AI連携など柔軟な拡張性が強みです。今後もMCP連携や内部AI実装など、AI時代への対応を進めながら、企業の業務インフラとして「なくてはならない存在」へと進化していくことが示されました。

サスケWORKSは単なるツールではなく、現場に「自分たちで変えられる」力を与えるプラットフォームだと言えます。

 

パートナー企業2社からの実践的知見

その後、2社のパートナー企業から実践的な知見を共有いただきました。

株式会社電算サービス様(https://den3svc.co.jp/は、SI業務30年の経験を活かした伴走支援の重要性を強調されました。従来のSIのような「投げっぱなし」ではなく、顧客と一緒にDXを進め、現場が自走できるまで伴走する姿勢が、サスケWORKS導入成功の鍵となっています。営業や総務といった非技術者でもアプリ作成が可能になり、現場主導の業務改善が実現しました。

株式会社カトム様(https://www.kdg.co.jp/katom/は、カスタムコード活用の専門性を提供し、サスケWORKSの標準機能とカスタム開発を組み合わせた柔軟な提案を展開されています。

パネルディスカッション:ハイメディカル様の組織変革事例

パネルディスカッションでは、株式会社ハイメディカル様(サンワ調剤薬局様)(https://sanwapharmacy.co.jp/company/)の取り組みが印象的でした。13店舗の一体感を醸成するため、ビジュアルを重視した社内ポータルを構築。組織文化の変革に成功されています。

成功の共通要素は、不完全でもまずリリースし、現場を巻き込みながら段階的に改善していくアプローチです。導入メリットを明確化し、小さな成功体験を積み重ねることで、現場の自主的な改善マインドが育っていきます。

メーカー冥利に尽きる喜びの声

今回、多くのユーザー様、パートナー様にご参加いただき、私たちでは説明しきれない内容や事例をご紹介いただくことができました。特に、導入の進め方、現状の課題、どのような場面で活用しているか、どういう効果や成果が得られたか、そして今後どのように進めていきたいかといった生の声をいただきました。

私たちにとっても本当に貴重な時間となりました。

何より嬉しかったのは、「サスケWORKSのおかげで、会社の紙がなくなり、リモートワークの実現につながって働き方改革ができた」というお話や、「社員みんなで参加し、巻き込んでいくことで、楽しみながら一体感を持って会社の情報共有ができるようになってきている」という点です。メーカー冥利に尽きる、本当に嬉しいお話でした。

今後の展開:さらなる価値提供を目指して

今後もさらに、ユーザーコミュニティの活性化、プラグインなしでできるオールインワン思想を追求し、継続的な機能拡張を進めてまいります。

また、標準機能だけでなく、パートナーとのアライアンスも強化し、手厚いサポート体制や、カスタムコードによる柔軟なUI/UXの実現により、さらなる価値提供を目指していきます。

今回開催させていただき、参加された皆様の喜びの声は、私たちにとってとても大きな励みになりました。

社会課題・企業課題の解決に向けて

まだまだデジタル化できていない企業は多いかと思います。

日本は地方も含めて、少子高齢化により生産性向上、業務効率化が必須の時代を迎えました。私たちは、それらの社会課題、企業課題を解決するお手伝いがしたいと考えています。

様々な業界で様々な活用をいただき、現在、各業界・各業務の課題について学ばせていただいております。今回もとても学びの多い機会となりました。

まだもう少し時間がかかりますが、ツール提供にとどまらず、それをナレッジとしてご提案できるよう、研究をさらに進めてまいります。

私たちの強みは、プラグインなしでサスケWORKSで完結できる業務改革です。

どのようなプロセスで、どのような導入方法で、どのような効果を得るためにどのような改革をしてきたのか。様々なパターンを分析し、そのノウハウを提供できる企業になっていきたいと考えています。

 

第3回 ユーザー会 報告レポート記事はこちら

現場から始まるDX-第3回「サスケWorks」ユーザー会レポート

一般社団法人ノーコード推進協会 年次総会  2025年11月20日 Filed under: 日記講演会・展示会参加

2025年11月17日(月)クレヴァシステムズ本社 会議室で開催されました 一般社団法人ノーコード推進協会の年次総会に参加して参りました。ノーコード推進協会 年次総会

総会は滞りなく開催され、昨年の活動計画、予算報告などに始まり、次年度計画や次年度予算についての説明がなされました。
ノーコード普及推進に寄与できればと思っておりますノーコード推進協会 年次総会

中山代表理事から、ノーコード推進協会では、これからの1年は、ノーコードの推進者支援を進めていくという方針だとお話がありました。

まだまだできたばかりの協会ですので、今後どのような活動をすることで、世の中にノーコードを普及推進していくことができるのか、議論していきたいと思います。
ノーコード推進協会 年次総会
代表理事:中山五輪男(再任)
副代表理事:森戸裕一(再任)
副代表理事:安藤昭太(再任)
理事:小瀧健太(再任)
理事:木村琴絵(再任)
理事:舩越裕勝(再任)
理事:中村祥子(再任)
監事:渕上晃代(再任)

ノーコード推進協会 年次総会

私は、この協会で引き続き理事を務めさせていただくことになりました。

総会で再任いただけましたので、これから1年また、理事として活動させて頂きたいと思います。ノーコード推進協会 年次総会

総会後は懇親会も開催され情報交換会となりました。日本のデジタル化、Dx推進に寄与していきたいと思います。ノーコード推進協会 年次総会

 

 

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